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映画「64-ロクヨン-後編」

64-ロクヨン-後編 (2016)

原作

横山秀夫

監督

瀬々敬久

はじめに

後編を観ました。

自分の中で重要視していたのは「観ていてぞくぞくするか」どうか。前編が終わった時点では犯人は分かりませんので、分かっていく過程において「これはすごい」と思えるのか。

観た感想としては「原作のこと嫌いなの?」という感じでした。原作で描かれているのはロクヨンの犯人を確保するところまで。結局のところ、細かい話は何も分かりません。ですが、それよりも三上の広報官として生きるという姿勢が大事なのではと思います。なのに映画では…。

とにかく全編通して脚本が残念でした。前編の方はまだよかったのですが、後編はひどさが増したように思います(メジャー作でこんなにひどいのを観たのは久しぶりだな)。この映画によって、原作もこんなものだと思われたらいやだな…。

あまりよかったところはなかったのですが、前編の感想は書いたので、後編も書いておきます。

ドラマ版と比較しちゃお…。

感想

全体

目崎を確保してからが長い。目崎を確保してからは原作にはない部分で映画オリジナル。そこは本当にひどかった。それを除いてもひどかった部分は多い。

というかこの話のピークは「なぜ模倣事件が起きたか、なぜ起こしたのか」であり、「ロクヨン事件がなぜ起きたか、なぜ起こしたか」ではない。だから観る側としても劇中の三上の言葉を借りるなら「どうして殺しちまったんだ」の部分はいらないのである。したがって、映画オリジナルの部分は蛇足である。

気になったところ

最初のシーン。誰だかすぐに分かるし、トリックというかその人が何をしているのか一発で分かるシーンをなぜ入れたのか分からない。
加えて犯人にたどり着くまでの演出が下手。全然ぞくぞくしなかった。幸田を映すのも早いし、雨宮さんは目崎が確保されるまで登場させてはダメ。

ロクヨンの模倣事件が発生しているとき、今が何時なのかが全く分からない。今回の誘拐事件は時間も指定されており、目崎も焦っていてスピードを上げているはずなのに。そもそも前編のロクヨン事件で犯人の指示が変わり、雨宮さんが翻弄されている大切なシーンを省かれたので、模倣事件でロクヨンよりも時間が前倒しになっていることも、受け渡し場所が若干飛ばされていることも分からなかったけど。あと目崎が警察に通報するのが遅かったことにも触れていない(映画ではすぐに通報したことになっているのかも)。

「人間、言えることと言えないことがある」松岡のせりふ。このせりふを言わないなんて、原作が嫌いとしか考えられない。
このせりふは本当に重要だと思う。本来であれば、三上が松岡に模倣事件の名前を尋ね、父親の名だけ教え、妻と娘の名前は言えないところで話す。なぜ匿名であったかというと、ロクヨンの犯人が目崎であると、その妻と娘は誘拐事件の被害者ではなく、被疑者の家族ということになるからだ。それを考慮しての匿名発表。今回の映画はそれが全く明らかにされていない。そうなると、前編での記者クラブとの対立も意味のないものとなってしまう。前後編の二部作にして前編の見せ場が記者クラブとのところならば、そこをしっかりと見せてほしかった。そもそも三上はなぜ、目崎正人の名を聴いただけで出て行ってしまったのか。

映画の制作陣が原作を理解していないのなら、記者クラブとの対立はいらなかったように思うし、そこをカットすれば1本の映画に収められるような。

三上のこと

三上、ブレすぎ。

前編の記者クラブとのシーンの前に「警務(広報官)として生きる」と決めたのではないの?松岡とのトイレのシーンでも「刑事に未練もありません」と言い、指揮車に乗り込んで目崎歌澄が保護された後のところで、三上は「刑事はそんなことも分かんねえのか!」と叫ぶが、これは自分はもう刑事ではないということかなと思った。しかし、また目崎とのあれこれで刑事っぽくなったし、ちょっと意味が分からない。

そして映画オリジナル脚本に入ってからは感情のまま行動しすぎ。理解できなかった。勝手に指揮車を降りたり、目崎と会ったり、三上の娘のいない悲しさから起こしたような行動。三上はそんなことをする人間ではないと思う。

広報官として生き抜く決意をしなければ、ストーリーとして三上が広報官である必要すらない。制作陣がそれを理解していないようでとにかく残念だった。

雨宮のこと

途中までよかったのに…。長官視察の前日、三上とベンチに座って翔子ちゃんのことを話すが、そんなに三上のことを信頼しているの?

目崎の次女とどうやって出会ったの?お互い家を知っているみたいだし。

目崎のこと

緒形さんの演技を見るのは朝ドラ「ファイト」以来かもしれない。すごくよかった。声の出し方も表情も目も。

松岡のこと

前編もろくに出てこず、大切なせりふもなく。原作ではとてもかっこいいのですが、とにかく残念。

三上と松岡の関係を描いてないので、なぜ三上が刑事部長ではなく松岡を頼るのか分からない。そして、模倣事件で美那子を借りる理由も明らかにされずに終わった。

無言電話

銘川老人にかかったことになっていない理由が気になった。原作にあったのに、そこだけ見事にカットしたが、後編につながったのだろうか。

何度か書いているが前編で無言電話が印象に残らなかった。そして、後編に至っては冒頭から無言電話の答えを出すし、松岡は誘拐事件が発生した後に三上に尋ねるし。落合二課長のせりふで「はっ」としてしまうし。ミステリーの部分をことごとく出すタイミングを失敗していてびっくり。雨宮の指も電話帳も映しすぎな気がした。

おわりに

前編からの期待感から見事に落ちて行った感じ。映画オリジナルの部分は原作既読か未読か、個人の好き嫌いが大きく分かれるところだろうと思う。

原作はまどろっこしい部分も多く、前編はその長い原作をうまく切れてできていたと思う。ただ後編にあたる、残りの100ページほどはある意味完成されていて手を加えるとおかしくなると思う。原作はあくまでも三上の視点でしか描かれていないので、どうせなら雨宮の視点でも描き、原作では分からない部分である幸田と手を組むようになった理由や髪を切った理由などを明らかにしたら面白かったかもしれない。それか「外道捜査」(←このせりふはあったかな?)をやめて三上と一緒に目崎を落とすか、とか。

おまけ・ドラマ版では…

犯人にたどり着くとき、本当にぞくぞくする。

目崎を確保するのは(放送時間)30分ほど残した状態。そこからの脚本がうまくまとまっている。そこでまいた種が一気に回収される。個人的には原作よりもドラマのラストシーンが好きで、せりふがなくとも素晴らしいラスト。

 三上が最終的にどう決着つけるのかが見どころ。

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