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平野啓一郎「ある男」

ある男

平野啓一郎

はじめに

 「マチネの終わりに」が面白かったので、また平野さんの本を読みたいと思い、「ある男」を読んだ。こちらも間違いなく自分の好きな本で、読むことができてよかったと思う。

 感想

「マチネの終わりに」同様、過去に関する話が興味深かった。

愛に過去は必要なのだろうか?
この問いに対してどうなのだろうかと考えてしまう自分がいた。人は人を好きになるとき過去を含めて好きになるのか。出来事としての過去は変えることができない。両親や生まれ育った環境など、過去に縛り付けられることはよくあると思う。また、その過去というのは今の自分を作り上げているものとして考えられる。出来事としての過去をなかったことにしようとしても名前がある限り、逃れることができない。そういった中での名前の怖さみたいなものを感じた。

性格などその人自身を形成しているものは本人の生育環境が影響することもあるが、これは本人の問題ではない。それにも関わらず多くの人は出来事としての過去を見てその人を判断していると感じる。他人の人生を生きるというのは自分に付いてくる出来事としての過去を捨て、経験した過去を持って生きることになる。そして本来の自分の消したかった過去を他人に与えることで自分が幸せになる可能性があるということにさまざまなことを考えた。

他人の人生を生きても、自分の心の中にある思い出としての過去は完全に消すことはできない。そもそもその過去がなければ他人の人生を生きようと思えなかったはずである。ただその過去は現在によって変化していると感じる。例えば、現在が幸せであった場合、その過去があったから、他人の人生を生きることができ、幸せになることができたとも考えることができる。過去の捉え方というのは現在の状態によって変化してしまうということを改めて感じられた。

 主人公の城戸についても、日系3世ということで過去の問題を考えざるを得ない状態で生まれてきてしまった人であると思う。大多数である「日本人」であれば自分の生まれに関して気にしないと思うが、城戸はそうではないため、何かあるたびに自分の生まれのことを考えてしまう。本人の問題ではないのに差別や偏見を受けてしまう怖さがあるのだろうと思えた。

おわりに

 平野作品、やはり面白かった。面白いというひとことで片付けては申し訳ないぐらい。
この本を読んで読みたい本が5冊ぐらい増えたので、またゆっくりと読んでいけならと思う。